2014年12月15日

謎の地下都市 カッパドキア

トルコ、アナトリア高原の標高約1000mの地点にある、世界遺産のカッパドキア。
高さ10〜20mの奇怪な形の岩石が無数にそびえ立つ秘境である。

この奇観は、エルジェス山の100万年にもわたる噴火によって流出した溶岩や火山灰が堆積した後、風雨による浸食でできたものと考えられている。

カッパドキアは、奇怪な形の岩石があるだけではない
その地下には驚くべき光景が広がっている。

当地では、古くから地下にある洞窟の存在が話題になっていた。
そこで1965年、考古学者による本格的な調査が開始された。
すると、地下都市が次々と発見されたのである。

中でも有名なカイマクルの地下都市は8階構造で、1万6000人が収容できたという。
物資の搬入出と井戸を兼ねた深さ1500mの通気口をはじめ、居室、教会、墓所のほか、炊事場や貯蔵室が備わっていた。
人が生活するのに十分な施設が整い、各部屋はトンネルで結ばれ、円盤状の石の扉が侵入者を防いでいたのだ。

ほかにもデリンクユ、ギョズデン、オズコナークなど約36か所で同様の地下都市が確認され、合計で10万以上の収容が可能とされている。
オズコナークに至っては、6万人もの収容が可能だったらしい。

しかしながら、これらは詳細不明のものが多く、カイマクルにしても実際は地下20階まであるとされている。
これ以外にも未発見の都市があり、全体で450か所ほど存在しているという。

この地下都市は何のために、だれが造っただろうか?

一般には、地下都市周辺に無数の洞窟修道院や教会が存在することから、ローマの迫害を逃れてこの地に移住したキリスト教徒たちが、戦乱から身を守るために築いたといわれている。

しかし、いくら戦乱から身を守るためとはいえ、これほどの規模が必要とは考えにくくはないだろうか。

そこで近年、新説が浮上した。
地下都市は、キリスト教徒たちが築いたものではく、彼らはそれを利用しただけだというのだ。

さらにその上をいく異説も唱えられている。
実は造られた当初から、地下都市は無人だったという説である。
その理由として、発掘された地下都市には、遺体や家財道具、壁画などの遺物がまったく残されていないからだ。

そこで考えられたのが避難所の説である。
世界各地に残る古代の核戦争の傷跡が残っているが、それの防衛策として作られた避難所=核シェルターだったというのだ。

紀元前1900年頃、世界初の鉄器を持ちトルコを掌握したヒッタイト人だが、突如として滅亡している。
ヒッタイトの多くの都市にも、核を使用した時に起こる高熱破壊の跡がみられるという。
外敵からの攻撃か内紛なのか戦いの詳細は不明のままだが、これらから、核から逃れる為に作られたとも考えられる。

さらに、ヒッタイト人がその核シェルターで生き延び、鉄を各地に伝えたという説も唱えられているという。

解明されていないことが多く謎だらけのカッパドキアの地下都市だが、核使用の痕跡があるのは事実であり、核シェルターと考えるのも、決して不自然なことではないのだ。

posted by オカルト この世の不思議と謎 at 08:46 | 魅惑の古代遺跡