2014年12月13日

マヤの祭祀都市 チチェン・イツァ

チチェン・イツァは、メキシコ、ユカタン半島北部の低地にある後古典期マヤの遺跡である。

都市が繁栄したのは西暦900年〜1100年頃で、人口は最大で3万5000人にものぼったと考えられている。
マヤはきわめて高度な天文学の知識をもっていたことで知られているが、そのシンボルとでもいうべきものが、この遺跡には現存しているという。

それは、「城砦(カスティーヨ)」もしくは「ククルカンの神殿」と呼ばれる、高さ26mの四角錐のピラミッド神殿である。

「ククルカン」というのは、羽毛のある蛇体の神で、マヤ語でケツァルコアトル(文明を人類に授けた文化神)をさす。
この神殿には、1年のうちで春分の日と秋分の日にだけ、そのククルカンが降臨してくると言い伝えられている。

実は、この神殿の北面にある階段の最下段には、ククルカンの頭部の彫刻が施されており、春分の日と秋分の日の太陽が沈む時、真西からピラミッドにさした太陽光が、階段の西側に一直線の陰=ククルカンの胴体部分を描き、頭部の彫刻と繋がるのである。

こうして年に2回、ククルカンはその完全な姿を現すというわけである。
彼らの高度な天文学の知識と正確な建築技術を駆使した、壮大なる仕掛けなのだ。

また、チチェン・イツァには教会や尼僧院などの建物のほか、「カラコル」と呼ばれる天文台も残されている。
これはまさに天体観測用の施設そのもので、頂部の観測室の壁には四角い窓が切り込まれており、観測時における照準線として機能していたと考えられている。

そしてもうひとつ、忘れてはならないのが「聖なる泉」の存在である。
ここは人々が雨や豊作を祈願し、神の預言を聞く聖地で、そのために数々の財宝やときには人間までも生け贄として泉のなかに投げ入れたという。

また、スペインによる征服時にも、女性をこの泉に投げ込み、吉凶を占う習慣が残されていたらしい。
但しこの場合は、必ずしも殺されてしまうわけではなく、「泉の中にいる男女」に吉凶を聞きさえすれば、女性は引き上げられたようだ。

こうしたことから、泉の中がどうなっているのか興味を抱いたアメリカの探検家がいた。
彼は、潜水服に身を包んで泉に飛び込み、数週間の探索を行った結果、多数の財宝や人骨を発見し、言い伝えが真実であったことを裏付けた。

【魅惑の古代遺跡の最新記事】
posted by オカルト この世の不思議と謎 at 08:19 | 魅惑の古代遺跡